2008年01月23日

頭痛の原因は宇宙人

今日は、poo☆ちゃんと一緒に、Yukomamaのお家へ。

Yukomamaが「受験生の息子が2階で勉強してるから

あんまり大きな声出されへんねん。」

・・と静かに話していたのも約2分。

何の話からか、私が「私、UFOに連れ去られたことがあるねん。」

二人「ええええええ????」

その瞬間、息子さんのことはすっかり忘れる。


だいぶん前にこのブログか、昔の日記に書いた気もするけど

二人のリクエストにより、もう一度その時のことを。


高校生の時、私の部屋はマンションの廊下に面したところにあった。

そして、その廊下側の壁にひっついてベッドがあり、そこで寝ようとしていた。

すると、突然、廊下をバイクが走っているようなすごい音。

「なんでこんなとこ、バイクが走るん?」と思った瞬間

その壁が宇宙になり、体が浮き上がり、ものすごい勢いで揺れだした。

恐くて「おかあさーん!」と叫ぼうとするけど叫べない。

しばらくその状態が続き、突然宇宙は壁に戻り、

私の体もベッドの上にたたきつけられるように落ちた。



私は、霊感もなければ、それ以外に不思議な体験もない。

だから、「えらい豪快な金縛りやったなあ。」と思い、

翌朝、弟にその話をした。


そのまま、そのことは忘れ去っていた。

それから、20年ほど経ち、テレビを見ていたら

「私はUFOに連れ去られた!」という外国人が出てきて、

それと全く同じことを言ったのだ。

20年忘れていたその体験を思い出した。

弟に確かめたら「うん。確かに昔そう聞いた。」と言う。



Yukomama「きっと、頭にチップを埋め込まれてるわ。」

poo☆ちゃん「Mihoさん、しょっちゅう頭痛いのは、宇宙と交信させられてるからちゃうか。」

私「じゃあ、右の偏頭痛の時は、私の右脳の情報を吸い取られてる?」

Yukomama「目はレンズになってて、Mihoさんが見てるものが宇宙の画面に映ってるわ。」

poo☆ちゃん「ほな、今は私らも宇宙の画面に登場してるんや。」


なんちゅう会話や!!

2階で勉強していた受験生の息子ちゃん、うるさくてごめんなさい!



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2008年01月22日

よく寝る話


昨日、寝付きのいい話を書いたら、

「そんな特技まであったんですか?」と誉めていただいたので(?)

気をよくして、思い出話を書きます。


★中学生の時

朝、母が起こしに来たら、私がベッドの下で寝ていた。

「あんた、何でそんなとこで寝てんの?」

「あれ。昨日、ベッドに上がろうとしたのは覚えてるけど・・・

上がりかけて寝てしまったみたいやわ。」


★高校生の時

私が、学校から「ただいま!」と帰ってきたので

お料理をしていた母が手を拭いて「おかえり!」と振り返ったら

その一瞬でソファにすわってかばんを持ったまま寝ていた。


★大学生の時

連日遊びすぎて夜中に帰っていたので、母が怒って鍵を閉めてしまった。

閉め出された私は、真冬の寒い中、犬小屋にもたれて犬と一緒に熟睡していた。

「まだ帰ってへんのかいなっ!」と怒って出てきた母に発見され、

「あほかっ!」

とさらに怒られた。


そんなお気楽な娘時代を過ごした私は、こんな気楽な大人になりました。


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2007年06月22日

遺伝


昨日の「珍しいこと」のついでに、こんな時間にブログを書くというさらに珍しいことをしでかそうとしているおめでたいMihoちゃんですぅ。うふっ。


今日は、久しぶりに予定がなく、朝からのんびり・・・

けど、そうなるとやはり頭痛がする私。

今日は時間があるので、まずはワイドショーでも見ながらだらだらだらけでいたら案の定頭が痛くなった。

時間に追われていないと体調を壊す自転車操業のような私の体。なんとかして。

でも、これは、母親の体質を受け継いだもので私のせいではない。

私が小3の頃から商売をしていた母の休みは水曜日。両親の休みが合わないため、家族で遊びに行くのがなかなか難しかった。

だから、「水曜日が祭日」という日が待ち遠しかったのに、そういう日に限って母は頭が痛い。

また、水曜日、母親がいるので学校から急いで帰ったら、頭痛で寝ている。


そんなこんなで、いつもさみしい思いをしていた私。うーんかわいそう。

けど、基本的にうれしがりの我が家。

日曜日の夜、ボウリングの番組を見たあと、マイボールとマイシューズを持っていた母が突然「ボウリング行こか!」と言い出し、夜な夜なボウリングに行くのがブームになっていた。

また、晩ご飯の後、父が「宝塚ホテルのホットケーキが食べたい。」と言い出し、宝塚ホテルにホットケーキを食べに行くのも流行っていた。

当時、宝塚ホテルでは、まるでステーキを焼くように、目の前の鉄板でシェフがホットケーキを焼いてくれた。型を使うわけでもないのに、コンパスで書いたみたいにまん丸の分厚いホットケーキ。

最後に、立てて、ころころっところがし、縁も焼くというワザも見せてくれ、じっと見ているのが楽しかったもんだ。


ま、でも、いずれにせよ、「頭痛持ち」なんて遺伝して欲しくなかった。

それでも、ナロンエースでなんとか回復した今日の私。


今一番困っているのは、時間のある今日、美容院に行きたいのに「スタンプカード」がない。レシートに押してもらって後日・・というのができないので、スタンプカードがないために美容院に行けないという、これまた理不尽な悩みを抱え、「肝心なときに要る物が見当たらない。」という性格まで遺伝したことを恨むしかないのか・・・。


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2007年02月20日

勘違い

タモリのジャポニカロゴスというpoodleさんに教えてもらった番組で
「言いまつがい」といって、おもしろい言い間違いをやっていた。
 
例)
新入社員の時、電話がかかってきて緊張し、会社名を言うのに間違えて
「はい、電話です!」
 
私も、初めて入社した会社で最初のうち電話が怖かったなー。
 
 
 
で、私が過去に体験したおもしろい言い間違いというか勘違い二つ。
(ブログにする前の昔の日記に書いた気もするけど)
 
1.私が入っていた合唱団にあるおばさんから入団申込書が届いた。
   
  
   名前・・・○○○○子
 
   パート・・・オアシス

   
    
確かに「オアシス」というスーパーがありますが、
    合唱団なのだから「ソプラノ」か「アルト」でしょう。
 
    どこでパートしてるかなんて、関係ないっちゅーねん!
 
 
 
2.大雨の日、母とタクシーに乗ったら、運転手さんが道に迷った。
  知らない道を走っている時、母が前方に見慣れた道を見つけた。
 
 
  「運転手さん、前に見えるのは171号線ですよね。」
 
 
  「いえ、ワイパーです。」

 
  
タクシーを降りるまで、笑いを我慢しすぎて車に酔ったわ!
 
 
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2007年02月07日

お財布が・・

今日は西宮で仕事。車で片道45分。
これを電車で行ったら、倍ぐらいかかるだろう。
 
最近はどこへ行くのも車ですいすいだ。
 
昔、OLをやっていた頃は、私鉄と地下鉄を乗り継いで会社に通っていた。
地下鉄は痴漢なんて当たり前って感じだった。
 
ある日、地下鉄に乗ったら、周りをちょっと怖そうな男の人数人に
囲まれた気がした。
集団痴漢や〜!!と、必死で身を守る。
 
何とか無事数駅過ぎ、「ふん!大したことないやつらや!」と電車を降りると
ショルダーのファスナーが全開。
 
お財布がないー!!
 
その日に限って、前日に立て替えて返ってきた9万円が入っていた。
私鉄の定期とクレジットカード、キャッシュカードも。
 
頭真っ白、顔真っ青・・・ 
 
 
改札で駅員さんに話すと、「それは戻ってこないねえ。ごめんね。」
 
って、謝ってもらってもねえ。
 
 
なんばのすんごい繁華街の交番への道を教えてもらって
一人とぼとぼ放心状態で歩く。
 
交番でいろいろ聞かれて、帰りの電車賃だけ借りて帰った。
 
ほんとにほんとに情けないやら悲しいやら・・。
 
けど、あれからスリにはすごく気をつけるようになった。
 
今では地下鉄に乗っても痴漢にあうこともないが、
乗るたびにあの集団スリを思い出して、腹が立つ! 
 
私の9万円返せ!! 
 
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2007年01月22日

かたつむりじゃないん・・

今思い出しても恥ずかしくてショックだった思い出を一つ。 
 
小学校1年生のとき、絵日記の宿題。
 
「わたしは、おうちのないかたつむりをかっています。」と言う文とともに、
 
まさに、おうちを背負っていないカタツムリの絵。
 
「おうちがなくてかわいそうなのでわたしがかっています。」とか何とか書いていたと思う。
 
学校で提出し、しばらくして返ってきた絵日記。
 
「先生、なんて書いてくれたかな〜?」とるんるんで開くと、
 
 
 
それは、なめくじでは?と書いてあった。
 
 
 
「えっ?うそや!なめくじ?かたつむりじゃないん?」
 
 
 
ガーン!1年生の私は、立ち直れないくらいショックを受けた。
 
家に帰って母に聞いた。
 
「なめくじってどんなん?」
 
「あんたが飼ってるやつやん!」
 
「え・・あ・・そう・・ふーん・・なめくじやったん・・・」
 
大切に入れ物の中に保護していたなめくじを長い間見つめていた。
 
その後、そのなめくじをどうしたかは全く覚えていない。
 
 
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2007年01月15日

ペコちゃ〜ん

最近ブログを始めた従妹のあっこちゃんのお母さんは私の母の妹(Kおばちゃん)。
 
私がまだ幼稚園にも行かない頃、Kおばちゃんは、大阪から私の家によく遊びに来た。
 
おばちゃんはまだ結婚していなくて、あっこちゃんも影も形もない頃。
 
そのたびに、私に、「ペンシルチョコレート」か「パラソルチョコレート」か
 
「ぺこちゃんの顔のチョコレート(名前わからん)」か「ミルキー」を買ってきてくれた。
 
そんな気の利いたお菓子は、当時そこらへんには売っていなかったのだと思う。
 
たぶんデパートに寄って買ってくれていたのだろう。
 
そんな小さい時のことなのに、すごくよく覚えているのは、よっぽど嬉しかったに違いない。
 
 
そして、その頃、母方の祖母の家には私専用のお茶碗とお箸があった。
 
お箸は、てっぺんにこけしがついていたのだが、お茶碗は「ペコちゃん」と「ポコちゃん」。
 
そのお茶碗は私のお気に入りで、今でもはっきり目に浮かぶ。
 
 
その後、私は、学校へ行き、高校生になった。
 
先生に「ペコちゃん」というあだ名をつけられた。
 
なぜかというと顔がペコちゃんに似ていたから。
 
進路指導の時、職員室で、ある先生に大きな声で、
 
「お前、行く大学なかったら、不二家の前で首振っとけ!!」と言われ、
 
職員室が大爆笑になった。
 
でも、昔の思い出のため、私はペコちゃんが大好きだったのでちょっと嬉しかった。
 
 
それなのに!! 
 
 
 
お願いだから、私のそんな思い出を汚さないで!!と言いたい。不二家さん。
 
 
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2006年09月26日

アルトリコーダーは痛い

今日は午前中、たあこさんの家でリコーダーの練習をした。
中学以来、初めて吹くかもしれない。
 
私は、アルトリコーダーを見ると必ず思い出すことがある。
あれは、中学2年か3年のとき。
母が、私に「掃除しといてね。」と言って仕事に行った。
弟と二人で留守番していたのだが、弟がおもちゃを片付けないから掃除ができない。
いくら言っても聞かないので、あとにしよーと思い、 
翌日アルトリコーダーのテストだったため、部屋のベッドに座って練習していた。
 
そこに母から電話。
「掃除してくれた?」「○○(弟)がおもちゃ片付けないからできない。」
 
猛スピードですごい怖い顔で母がいきなり帰ってきて私の部屋に飛び込んだ。
あっけにとられる私に、
「私が誰のために働いてると思ってるねん!
あんたは、弟の世話も、掃除もできへんのんかぁぁぁぁぁぁ!!」
と怒鳴ったと思うと、アルトリコーダーを取り上げて私を殴った。
 
無残にも3つに折れたリコーダー。私の顔と腕はあざだらけ。
痛さよりも、大好きで大切にしていたリコーダーがそんなことになったのが悲しくて泣き続けた。
そう、翌日はテストなのだ・・・どうしよう・・・
泣きながらボンドとセロテープで修理するが、ひっつかない。
 
父が帰ってきて、その様子を見かね、私を車に乗せて楽器店を探しに連れて行ってくれる。
やっと見つけたと思ったら、シャッターが閉まっている。もう夜なのだから当然だ。
けど、どうやったのか忘れたが、店の人が出てきてくれて新しいアルトリコーダーを買ってもらった。
みんなと同じ色はなくて、私だけ茶色。
翌日、「なんで茶色いの?」とみんなに聞かれ、説明が大変だった。
友達は「ひどいお母さんや!」と言った。私もそう思った。
今となっては母の気持ちもわからないではないが・・・。
思春期で父親離れしていた私が父を見直した日でもあった。
 
今、母にその話をすると、「そんなひどいことしてない!」と言う。
都合よく忘れるものだ!!!
 

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posted by Miho at 20:21| 兵庫 ☀| Comment(16) | TrackBack(2) | 昔の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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